葉緑体DNA多型からみる日本列島広域分布種の分布変遷

大井 哲雄 

植物は、地球規模での気候変動の影響を強く受け、その分布域を大きく変動させてきました。その中でも、約200万年前から現在に至る時代(第四紀)には、氷期と間氷期が繰り返し訪れ、現存植物の分布域に大きな影響を与えたと考えられています。

最も新しい氷期(最終氷期)は、約10万年前から1万年前まで続き、約2万年前が最も寒く(最盛期)、日本列島では、現在より気温が5〜9度も低く、海水面が現在より約100m低下して大陸棚が現れ、九州・四国・中国地方が陸続きになっていました。この時期、寒冷で乾燥していた列島の内陸部は、北方から南下してきた亜寒帯針葉樹林(モミ、ツガ、トウヒなど)に覆われており、現在日本列島を優占している温帯林は、比較的温暖で湿潤な沿岸地域に逃避していました(この逃避地域をレフュジアといいます)。温帯林は更に、暖温帯林が九州南部に、中間温帯林・冷温帯林の一部が太平洋沿岸に、また冷温帯林のうちブナを主体とした森林が日本海沿岸にあったと考えられています。その後、約1万年前頃から始まった気候の温暖・湿潤化に伴い、温帯林はレフュジアから、急速に分布域を拡大し、逆に針葉樹林は分布を縮小しました。このように日本列島の温帯植物の現在の分布域は、最終氷期の影響を強く受け、成立してきたと考えられています。

分布域の変遷は、従来、地中に堆積している植物体や花粉の化石をもとに復元される過去の植物の分布(古植生)と現存植生の比較をもとに推定されてきました。さらにDNA解析技術の進展がめざましい最近では、分布域の変遷の歴史がDNAの中に刻まれていることが知られるようになり、種内のDNA多型を検出する方法が用いられるようになってきました。特に、被子植物では、細胞内の葉緑体が、母性遺伝し、種子散布により移動する性質をもち、各地域の植物体の持つ葉緑体DNAのタイプ(ハプロタイプ)の地理的分布と系統関係を調べることにより、最終氷期以降の分布域の変遷をより細かく推定できるようになってきました。この分野の研究は、欧州で複数の種を対象にした国際的プロジェクトが進められている一方で、日本列島の植物については、まだ研究が数例に留まっていますが、ここでは我々の研究室で進めてきた日本列島の温帯植物の研究例を紹介します。

日本列島の植物の分布変遷を理解するためには、全ての種についての解析が必要になりますが、研究を始めるにあたり、まず、どの植物に注目するかという点を考慮しました。列島全体に渡る温帯植物の分布域の変遷を読みとることを目標にし、日本列島でより広い分布域を持ち、近縁種が同所的に分布しない種が適しているだろうと考え、温帯林に連続的に広域分布する低木種、キブシとアオキに注目しました。この2種は、日華植物区系(ヒマラヤ〜中国〜日本)に固有な1科1属の群である、キブシ科(キブシ属)、アオキ科(アオキ属)にそれぞれ属し、日本列島の植物相を特徴づける植物にもなっています。また、研究を行う上で、多くの地域からの採集が必須になりますが、この2種はどこの山にも普通にみられ、採集も比較的容易にできるという利点もありました。


図1: キブシにみられた葉緑体DNAハプロタイプの分布と系統関係
図2: アオキにみられた葉緑体DNAハプロタイプ+染色体倍数体の分布と系統関係
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キブシ(Stachyurus praecox Sieb. et Zucc.): 日本列島固有の落葉性低木で、北海道西南部から南西諸島の徳之島まで広く分布し、春先に展葉に先立ち総状になった淡黄色の花を咲かせます。分類学的には、葉と果実の形態の違いにより、多くの地域変種(ケキブシ、ハチジョウキブシ、ナンバンキブシ、ヒメキブシなど)が認識されてきましたが、外部形態は連続的な変異を持ち厳密に区別することはできません。そのため外部形態は意識せずに、分布域全体で均一になるような地点から採集をしました。実験室に乾燥させた葉を持ち帰り、DNAを抽出し、葉緑体DNAの塩基配列を調べたところ、DNAの塩基配列の違いから、植物体は11種類のハプロタイプに区別できました。それらの地理的分布を図1に示しますが、北海道から東北、本州の日本海側地域に、単一のハプロタイプFが広がっており、単純であるのに対して、本州太平洋側地域、四国、九州にはその他の多くのハプロタイプがみられ、非常に多様であることが明らかになりました。ハプロタイプ間の系統関係は、はっきりとは分かりませんが、関東から東海地域に分布するハプロタイプH〜Kが独自の系統からなっていることが明らかになりました。

アオキ(Aucuba japonica Thunb.): 雌雄異株の常緑性の低木で、日本列島では北海道西南部から沖縄本島に広く分布します。日本固有種といわれてきましたが、韓国の済州島と欝陵島、および台湾北端部にも分布します。アオキには、属内で唯一、染色体倍数性の存在が知られており、外部形態も踏まえて、地域的に分化した変種が認識されてきました。基準変種であるvar. japonicaアオキ(狭義)は、岩手県を北限に東北〜四国東部の太平洋側に分布し、染色体数が2n=32の4倍体です。中国・四国地方以西の西日本~沖縄には、外部形態ではアオキに類似しますが、染色体数が2n=16で2倍体であることから区別される var. ovoideaナンゴクアオキが分布します。そして北海道西南部から日本海側の多雪地域には、4倍体で、植物体が小さく、枝が匍匐し、若い枝や葉に短毛が生える点で区別されるvar. borealisヒメアオキが分布します。ヒメアオキの外部形態は、多雪地域に適応分化したものと考えられ、いわゆる「日本海側要素」としても知られています。キブシ同様に、分布域全体で均一になるような地点から採集した個体について、葉緑体DNAに加え、倍数性も調べました。葉緑体DNAでは、9種類のハプロタイプに区別でき、その系統関係を調べると、アオキは、台湾に自生する別種(Aucuba chinensis)を内群に含む2つの系統からなる側系統群であることが明らかになりました。図2に示すように、この2つの系統の地理的分布は、明確に区別でき、西日本と関東・東海地域にA. chinensisを含む系統1が,四国東部・紀伊半島・日本海側・東北には系統2が分布します。更に、分布域内全体での倍数性の分布は、隠岐〜四国中部の東経134度付近を境界 (図2の分布図の実線) として、韓国と台湾を含めた西側に2倍体が、東側に4倍体が側所的に分布していました。

これらキブシとアオキの分布変遷についてですが、まず最終氷期に逃避していた地域を直接示す花粉化石の報告は知られていませんが、現在両種が暖温帯〜冷温帯下部の森林に分布することを考えると、太平洋沿岸が主要なレフュジア地域になっていたと考えられます。キブシでは、最終氷期に分布域が縮小した際、比較的大きな集団としてレフュジアが維持されていたために、太平洋岸に多数のハプロタイプが保存され、その後の急速な分布拡大で、単一ハプロタイプのみが広がったことが考えられます。一方、アオキでは、分化した2つの系統の分布域が、最終氷期には分かれて逃避しており、温暖化に伴う各々の拡大により、現在の分布が成立したと考えられます。更に、アオキでは、染色体倍数化が異なる系統で並行的に生じており(図2の系統樹の矢印)、複雑な進化の過程を経て、現在の地理的分化が形成されてきたと考えられます。

キブシとアオキは現在同じような分布域を持っていても、その成り立ちには種による違いがみられる一方で、日本海側にみられるハプロタイプが、紀伊半島や四国の一部にも分布することが両種で共通してみられます。これまで、日本列島の植物相は、「太平洋側-日本海側」という対比での分化が認識されてきましたが、キブシとアオキのDNA解析では、これまでの認識とは異なり、「関東・東海地域(東日本の太平洋側)」のものが、独自の歴史を持つと考えられます。現在の関東・東海地域の集団の成立は、房総半島南端などに隔離されて存在したレフュジアで独自の分化が進み、温暖化に伴う分布拡大で、脊梁山脈が地理的な障壁として存在し、他地域との交流が制限されたことに由来すると考えられます。

今後、様々な植物での解析が蓄積されることにより、日本列島植物相の最終氷期以降の分布変遷についてより詳細な議論ができると期待されます。

(おおいてつお 小石川本園助手)